ハワイと下條
2013年 07月 06日
一昨年度に作った『下條歌舞伎保存会設立40周年記念誌』。
その際に、明治期の引幕や江戸期の芝居の版木が発見されました。
版木の作者は喜多川鷹麿とあります。
どうやら享和元年(1801)に親田(下條村)に生まれた古田鷹麿のことのよう。
この方は庄屋さんですが、江戸に出て葛飾北斎にも学ぶなどし、号を鷹麿としたそうです。虎の絵をかいたり、歌舞伎の脚本(『婦士鑑湖水浮船』)をかいたり、歌舞伎の舞台をつくったり。
芝居好きの多彩な方だったようで、伊那谷にとどまらず、活躍したそうです。
そんなわけで版木が残っていたのですが、なんと、刷った絵は現在ハワイにあるそうです
図柄がほんの少し違うようですが、ほぼ一緒。
浮世絵研究家リチャード・レイン氏のコレクションにこの番付あるそうです。
ホノルル美術館に保管されているとのこと。
これはその浮世絵の写真をプリントアウトしして、撮影したもの。
( なので画質が悪いですね)
天保期に下條で刷られた絵が海を越えて、ハワイへ行ったなんて不思議なものですね。
このことは、岐阜聖徳学園大学の安田徳子教授が論文を書いてくれました。
「伊那谷下條村の歌舞伎上演に関する新出資料をめぐってー天保期の地方歌舞伎の一様相ー」
『岐阜聖徳学園大学国語国文学』
32号2013年掲載
地方の歌舞伎の版木が残っているのは珍しいそうです。
しかも、多色刷りなので、貴重なもののようです。
科研費基盤c「地芝居残存台本調査による歌舞伎作品変遷史研究」安田徳子
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520207.en.html
安田徳子先生について
http://www.shotoku.ac.jp/teachers/2010/08/post-58.php
その際に、明治期の引幕や江戸期の芝居の版木が発見されました。
版木の作者は喜多川鷹麿とあります。
どうやら享和元年(1801)に親田(下條村)に生まれた古田鷹麿のことのよう。
この方は庄屋さんですが、江戸に出て葛飾北斎にも学ぶなどし、号を鷹麿としたそうです。虎の絵をかいたり、歌舞伎の脚本(『婦士鑑湖水浮船』)をかいたり、歌舞伎の舞台をつくったり。
芝居好きの多彩な方だったようで、伊那谷にとどまらず、活躍したそうです。
そんなわけで版木が残っていたのですが、なんと、刷った絵は現在ハワイにあるそうです
図柄がほんの少し違うようですが、ほぼ一緒。
浮世絵研究家リチャード・レイン氏のコレクションにこの番付あるそうです。
ホノルル美術館に保管されているとのこと。
これはその浮世絵の写真をプリントアウトしして、撮影したもの。
( なので画質が悪いですね)
天保期に下條で刷られた絵が海を越えて、ハワイへ行ったなんて不思議なものですね。
このことは、岐阜聖徳学園大学の安田徳子教授が論文を書いてくれました。
「伊那谷下條村の歌舞伎上演に関する新出資料をめぐってー天保期の地方歌舞伎の一様相ー」
『岐阜聖徳学園大学国語国文学』
32号2013年掲載
地方の歌舞伎の版木が残っているのは珍しいそうです。
しかも、多色刷りなので、貴重なもののようです。
科研費基盤c「地芝居残存台本調査による歌舞伎作品変遷史研究」安田徳子
http://kaken.nii.ac.jp/d/p/22520207.en.html
安田徳子先生について
http://www.shotoku.ac.jp/teachers/2010/08/post-58.php
by shimojokabuki
| 2013-07-06 18:46