2011珍珍幕府

毎年、平谷村の秋の珍珍幕府は歌舞伎が演じられます。

今年から平谷中学校は阿智中学校と統合となり、中学生の歌舞伎はなくなってしまいました。
「平谷の歌舞伎もどうなるか・・・」という雰囲気がありましたが、今年は小学生や役場の新人職員さん、保育園や学校の先生などが担い手となり、10月29日に歌舞伎公演がありました。

珍珍幕府のキャラクターのちんえもんくん。
頭にひまわりが咲いています。村の方の手作りだそう。けっこう重いとか。
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舞台袖で休憩中。

はてさて、歌舞伎のしたくは午前から。『菅原伝授手習鑑』は登場人物の多い演目なので、午後3時開演とはいえ、どんどん化粧や着付をしなければ間に合いません。今年はじめて歌舞伎をやるという人が多いそうです。足袋を履くのも初めて、という人も。
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平谷小学校の理科室が楽屋。

さあ、かつらをつけて舞台に出発。
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舞台は小学校の体育館。歌舞伎の前にはフラダンスやAKB48のダンス、カラオケなどが行われていました。見ていると、村全体で作り上げ、楽しんでいるのが伝わってきます。

小学生による口上。女芸人風の髪と裃がとっても可愛いですね。
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今回の『菅原伝授手習鑑』「松王屋敷の段」と「寺子屋の段」の物語の説明です。
藤原時平の策略で窮地に陥ってしまった菅丞相(菅原道真がモデル)を中心とした物語です。

舞台裏では出演者が出番を待ちます。裏方は下條歌舞伎保存会の面々。
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下條歌舞伎保存会長は振付指導のため、平谷村に2ヶ月ほど通いました。
下條村とは車で40~50分ほど離れているので、指導に通うのは少し大変だったようです。しかし、平谷の村の方々の歌舞伎への熱心さが保存会長には響くようです。

着物のすそさばきもそうですが、うちかけの扱いは難しいですね。下條歌舞伎のベテラン役者さんからアドバイス。
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うちかけを綺麗に広げて、整えて。

木を打つのは下條歌舞伎の大ベテランの役者さん。
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木を打つ練習はしたことがないとのことですが、「自分が役者だったら、こんな風に木の音が入ると演じやすいだろう」というのをもとに打っているそうです。

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玄蕃をむかえる小姓。
菅丞相(菅原道真)と敵対する藤原時平は菅家の跡継ぎとなる管秀才の首をとろうと、玄番をつかわします。こういう時も木がトン、カラーンとタイミングよく入ると、ビッシッと見得が決まるのです。

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芝居中にもご祝儀があれば、張り出されていきます。

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紫の鉢巻をしていますね。これをまいている人は病気です、というマーク。
(熱さまシートみたいなもの?おしゃれアイテムにもなる?以下は助六)
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松王丸は藤原時平の舎人ですが、実は管家に仕える家に生まれています。三兄弟の次男であるが故に、敵対する家の舎人となっています。

松王丸は管家の恩に報おうという思いと、わが子への思いの葛藤のすえ、わが子を管秀才の身代わりとする決意をします。松王丸は複雑な人物で、妻千代とわが子小太郎を試すようなことも言います。

小太郎「立派に死んでみせまする」

管秀才がかくまわれている寺子屋へわが子を先に寺入りさせ、身代わりとなるように準備をする千代と松王丸。

松王丸「この死に顔に会いに行く」
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そして、千代が小太郎をつれ「寺子屋の段」に続きます。
(こちらは写真がありません。すみません)
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by shimojokabuki | 2011-11-03 13:20 | 伊那谷の歌舞伎

下條歌舞伎の活動情報や、伊那谷の芸能文化を紹介します。【定期公演】毎年11月23日 【下條歌舞伎事務局:下條村教育委員会】0260-27-2311  0260-27-1015 FAX0260-27-3536


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