地芝居と芸人達の関係

地芝居は季節の楽しみ。
毎日のように公演のあるプロの芸人達がするように
綺麗な衣裳を管理維持していくのはなかなか難しいことです。

そこでかつて飯田には河合カメラが経営する“河合”という衣裳屋、鼎町に本格的な綺羅を持つ“秋山”、そして新派などの衣裳を持つ“サンカクヤ”がありました。


飯田の近隣の農村や町内会のお祭りに衣装を借りたということですが、今ではもうありません。今は区画整理などでどこに秋山やサンヤクヤがあったのかわからなくなってしまいました。鼎の辺りにあったのは間違いないのですが。以前このブログに書きましたが(衣装がたどった道)、もう一つ欠かせないプロの芸人達の話をば。


かつて飯田には役者や芸人がいました。
飯田市は飯田下伊那の中心地であっても大都市ではないので、兼業芸人達が多かったようです。
芸だけで食べていけないので、美容師や看板書をして生計をたてていたようです。

こういう芸人達を集めて興行するのが立花興行社。飯田市江戸浜町にありました。
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今のパーネドーロや辻テントあるあたりです。
今ではすっかり静かな町になってしまいましたが、飯田市の中でも下町というような雰囲気がかすかに感じられます。かつては年の暮れともなると大賑わいだったようです。ブラタモリをこの辺でやったら面白そうです。

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これが看板。まだ掲げられています。

芸人達は飯田市の常設劇場(大松座、面白倶楽部)や近隣の町村でお祭りで芝居や出し物をしました。

飯田市の近隣の町村のお祭りで何か出し物を呼びたいとなったら、この立花興行社に依頼すると金額に応じて漫才や水芸、浪曲、歌舞伎などをしてくれるという仕組みだったようです。

これは自分達で芝居をしない地域のこと。
自分達で芝居をやりたい!となったら、こういう芸人達に指導を仰ぎます。

下條の人々も芝居を敬老会や農事品評会で歌舞伎をやろう!となったら、まずは自分達で稽古をします。
近所の広い部屋を持つ家に集まって、義太夫好きや芝居好きな古老達にセリフの稽古をつけて貰ったりしながらある程度の形まで持っていくのです。

そして本番が近くなると、芸人達を振付師として呼んで稽古をつけてもらいます。
ブラッシュアップをするということでしょうか。
ただし、芝居にかける予算があまりなければ、このタイミングで呼べません。

本番の日。この日には芸人達を顔師として呼びます。
地元に顔師がいれば、その人にやってもらってもいいのですが、やはりプロはプロ。
一年に一度の晴れ舞台を迎える人々は顔を描くのがうまい人に描いてもらいたいのが当然です。

衣裳屋や着付師も手配されてやってきます。
物語によって、着物が決まっているので揃えるのにも技術と知識が必要となるのです。
(ここでも予算がなければ、自分達でやることになります)

昭和30年頃まで飯田下伊那の地芝居はこうして本番を迎えていたようです。

今、下條歌舞伎では芝居がさかんな中京圏から衣裳屋さんを呼んでいます。

地方芝居・地芝居研究―名古屋とその周辺

安田 徳子 / おうふう


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by shimojokabuki | 2011-10-10 17:20 | 下條村歌舞伎の歴史

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