衣裳がたどった道

飯田市・下伊那地域にお住まいの方々なら千劇シネマズを知らない人はいないでしょう。数十年前には「中劇 」という名前で 東映の時代劇専門の映画館でした。最近では3Dを上映するホールも出来ました。

061.gif今度の土曜日から公開の『大鹿村騒動記』は千劇シネマズでの上映ですが、この映画館の隣にはかつて歌舞伎の衣装を貸す「カワイカメラ」が店を構えていました。衣装は戦前~昭和30年代にかけて飯田下伊那の各地に貸し出されました。


というのも当時は地芝居が大いに盛んで、祭りなどに地元の人々の手で演じられていたのです。現在でも歌舞伎や人形芝居の舞台はそうとうの数が残っています。

(各地区の神社に併設されているものが多く、社務所や公民館に改装されていたり、まったく使われていないところがほとんどですが)

その中で一番有名で、今でも残っているのが大鹿歌舞伎というわけです。

それだけ歌舞伎や人形芝居が好きで、それを演じたいと熱望する人々がいれば、必要なのが衣裳振付師着付師床山などなど。

振付師は飯田町にすむ芸人たち。
普段は床屋や看板屋などで生計をたてていますが、春祭りや秋祭りになると各地の歌舞伎好きの人々の依頼を受けて、歌舞伎の振り付けの指導に行きます。

そして、振付師は演目に応じて本番に必要な衣裳を貸衣裳屋に予約をし、必要な衣裳を見繕います。花嫁衣裳などはありません。演劇衣裳専門店です。

飯田の中央通りには「河合」、鼎中平には「秋山」という衣裳屋がありました。「河合」の衣裳は少し軽々しくも派手、「秋山」の衣裳は古風な本格的なものでした。

「河合」はもともとカメラ屋です。写真屋と衣裳屋のセットというのはなんともうまい組み合わせです。
本番には振付師で芸人でもある人々の手によって、普段は農業などをしている人々は化粧され、白い顔になり、着付師に綺羅(衣裳)を着付けられ、ハレ姿になれば写真におさめたくなるというもの。仕事の合間に必死に稽古したのが実った充実感と非日常という感覚が想像できます070.gif070.gif



そして昭和30年代ころから各地で演じられる歌舞伎は忘れさられていき、貸衣装屋も衣装を手放すことになります。松本の興行師の手に渡ったりしながら、二軒の衣裳屋が持っていた衣装の一部は大鹿村に買い集められました。

(下條では残念ながらお金も人々の熱意も無く、買えなかったのです)


現在も大鹿歌舞伎では「秋山」や「河合」の衣裳、自前の衣裳などを用い、自ら化粧をし、春と秋に神社で演じられています。化粧の勉強、着付の勉強を熱心にし、ああした文化を見事に作り上げています。


かつて下伊那の各地の人々が袖を通した衣裳がスクリーンに映っていることでしょう。
映画を見た後は、千劇シネマズの隣の細い路地をのぞいてみるのもいいかもしれません。そこには飲み屋が何軒かたっています。この地下にかつて衣裳が眠っていたのです。
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戦後すぐの昭和22年には飯田大火が起こり、飯田の町中が燃えてしまいますが、「河合」の衣裳は地下にあったため、焼けなかったそうです。今は飲み屋がたくさんある路地。

そして、中央通1丁目にあった「河合」はもっと西に移動し、カラーカメラとなっています。
長野ウラドオリさんのサイトにカラーカメラの記事がありました。
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by shimojokabuki | 2011-07-13 23:33 | 伊那谷の歌舞伎

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